足利 義満(あしかが よしみつ)

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足利 義満(あしかが よしみつ)


足利 義満金閣寺の歴史を語る上で忘れてはならない人物であり京都の町並みを現在の姿に導いた人物の一人が足利義光である。
現在では数多くの文化遺産を保有している京都府の代表的な建築物である金閣寺を建設した人物の足利 義満(あしかが よしみつ)室町幕府の第三代将軍であり、その当時の権力の頂点にいた人物です。

足利 義満は、室町幕府の第三代将軍(在位1368年 – 1394年)。
封号は日本国王。幼名を春王という。
父は室町幕府第二代将軍・足利義詮で、母は紀良子。正室は大納言日野時光の娘である日野業子で、後光厳天皇の寵姫である日野宣子の介添えで義満の室となる。
その後、業子のあとは、業子の姪である日野康子が正室となる(のちの北山院)。側室は、足利義持と足利義教の生母・藤原慶子、足利義嗣の生母・春日局など。

義満が御所を北小路室町へ移したことにより、義満は「室町殿」とも呼ばれた。
のちに足利将軍を指す呼称となり、政庁を兼ねた将軍邸は後に歴史用語として「室町幕府」と呼ばれることになった。

この場所は権力を象徴するものであり黄金いろにされたこの場所には多くの権力者が足利義光に取り入ろうとして多くの献上物が持ち込まれた場所でもあった。


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