金閣寺の20世紀の大事件といえば放火事件です。
1950年7月2日の未明、当時の国宝指定をされていた鹿苑寺から出火の一報が消防署に届いた。
消防隊が現場へと駆けつけた時には、すでに録音時全体から炎を上げており手の施しようがない状態だった、数時間後炎はおさまったが見事なたたずまいを見せていた金閣寺46坪は全焼した。
鎮火後現場検証結果では、通常は周りに火の気がない事、そして、何者かの寝具が焼失した金閣寺の近くに置かれていたことから不審火の疑いがあるとして鹿苑寺の関係者に取調べを行うことになった。
取調べのなか坊主林承賢(当時21歳)の一人が不在であることが判明しで行方を捜索した。
捜索を始めてから数時間日も暮れ始めた頃に金閣寺の裏にある左大文字山の山中で毒物を飲み切腹をしていた林容疑者を発見しその場で逮捕となった史実があります。
林容疑者は一命を取りとめ回復を待って取調べが行われました。